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OTANI TALK

Advance2017

文学科 p.05


このページに掲載している情報は、取材当時(2016年度)のものです。

05:本を楽しめなくなる時期がある

宮澤:先生のゼミは、文学作品を読むんじゃなくて、文学の元を見ていくみたいな感じですよね。

大秦:なぜ文学が文学として成り立つのか、ですね。宮澤君がもう一歩踏み込みたいと思ったのは、何でやろね?

大秦先生

宮澤:文学に興味が出た時期は、教えてもらうってことが念頭にあって。

大秦:解説なり内容の面白味というか展開、そういったものを教えてもらうことが前提だった?

宮澤:はい。教えてもらって、いざ自分で調べるとなった時に、この物語で私が調べたいのは何なんだろうって、それが見つからなくて。物語を現代語に訳して語句を調べて、ポンッと貼り付けるだけでレジュメを作ってしまう。そこに何も面白みを感じられないし、教えていただいているのが申し訳なくなるくらい。その点、文法は自分が調べていかないと一切わからないので、調べがいがあるなと思って。

宮澤さん

大秦:文学作品に対する見方、扱い方、視点が変わってきているんやな。読み物として楽しい、面白い、ではなくて、自分で研究するときの面白さはやっぱり少し違う。作品の扱い方の違いで面白さや捉え方にも変化があるってことかな。もはや昔のように本を楽しめない自分になってしまったと。

宮澤:普通に本を読んでも面白いんですけど、研究対象としては面白くないなと思って。

大秦:読み物として面白いということが、研究対象として掘り下げていくときの面白さにつながりにくいってことか。そこで文法に関心が向くっていうのは、すごくわかりやすいですね。文法は問題意識を持ちやすいから。それだけに研究の対象としては、文学作品の方が扱いにくいのかもしれないけどね。でも君は、対象に対する様々な見方があるっていうのは完全に自覚しているんだな。そのうち、本を読んでもどこか品詞分解している自分に気づくんですよ。そうやって、なんてつまらんことを考えているんだろうって思う時期がきますよ。本を読めなくなる時期。

宮澤:それはイヤだ〜。

大秦:文学研究のことを意識して本を読んでしまうやんか。純粋に楽しむとはちょっと違うことになるかもしれないですよ。まあ文学を研究する学科に属して、作品に対する見方に変化があったと言えそうですね。入学前は本を読んでいたら面白かった。でも別の見方も持つようになったら、必ずしも面白いだけでは済まないことに気づいた。前は面白かったのに、さほど面白くなくなったわけだから、人生が面白くなくなったかもしれない。そういう意味では、もしかしたら言い方によってはマイナスかもしれん。でも一方で、いろんな見方があることを自覚してるってことは、一歩進んでるって言えると思いますよ。

大秦先生



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