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OTANI TALK

2017

仏教学科 p.06


このページに掲載している情報は、取材当時(2016年度)のものです。

06:自分の生き方について、書物はいろんな答えをくれる

浮邉:先生が研究しているのはどんなことですか?

箕浦:古代インドの仏教思想です。具体的にやってるのは、古代インド仏教の書物を読むということです。サンスクリット語やパーリ語で書かれたもの、チベット語や漢文に翻訳されているものはそれを読んだりして、古代インドの仏教徒たちが何を課題にしてどんなことを考えていたのかを、自分で確かめるということをやっています。浮邉さんがさっき言った、わからない言葉を確かめるっていうことも含まれますよ。書物の中ではどういうふうに書かれているか、その言葉がどう理解されていったかとか、仏教思想の研究ですね。ダイレクトに誰の役にも立ってないかもしれないんですけど(笑)。

箕浦先生の研究資料

浮邉:そういう研究でわかってくることって、具体的にどんなことですか?

箕浦:僕はお寺に生まれたけどやりたいことはいっぱいあって、結局は自分でどうなりたいのかわからなかったんです。本当に自分は何をやっていかないといけないのかを確かめようとしているということはあると思います。自分は何を支えにして、どんなふうに生きていけばいいのかについて、こういう書物はいろんな答えをくれますから。難しい書物を読んだり言葉の勉強をするのは辛いんですけど、とっても大事なことを教えてもらえるっていうことがあると思いますね。

浮邉:古代インドと今では、考え方に違いはありますか?

箕浦:古代インドの仏教独特のものの考え方っていうのは確かにあると思うんですけど、僕らが現代社会で直面しているテロや戦争の問題、いじめの問題、環境問題とか、さまざまな問題を見通す確かな見方を、こういう研究を通して得られるんじゃないかなと思っています。だから、ただ古代の書物を読んで古代の世界を楽しんでいるだけじゃなくて(笑)、現代社会に通じる視点を得られるんじゃないかなと思っています。独特の見方というのは確かにあるんですけど、切り離されてるわけじゃなくてね。

浮邉:私だったら、インドの文字を文字として認識するのも難しいって思っちゃうのに、こういうものを読めるというのはすごいですね……。これ一目見て、何書いてあるかわかるんですか?

対談の様子

箕浦:一応わかりますよ(笑)。これはひらがなと同じで、案外読めるんですよ。文法は複雑ですけどね。

浮邉:これが漢文に直されたものを私たちは読んでるんですか?

箕浦:そうですね。これはサンスクリット語で「如是我聞」って書いてある。経典の冒頭はどれもこんなふうに書いてありますよ。でも、活字で印刷されているものは読みやすいけど、元々の写本となるとね、もっと大変なんですよ。僕ら、『萬葉集』なんて簡単に読めないじゃないですか。ひらがなでも現代のものと違うでしょ。それと一緒で、書体も時代によって少しずつ違うので、僕も読めないものはあります。でもちょっと訓練すれば読めるようになる学生さんもいて、自分の名前を書いてみようって、一緒に名札を作ったりしてますよ。ひらがなを習う小学生みたいでしょ(笑)。

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