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OTANI TALK

2017

仏教学科 p.04


このページに掲載している情報は、取材当時(2016年度)のものです。

04:自分の生きてきた世界は狭かった

箕浦:他の学科の授業はどうですか?いろいろ面白いものを取ってみると良いと思いますよ。

浮邉:真宗学科の授業をいくつか受けているんですけど、どれも面白いです。部落差別についての授業では、ひとくくりに差別っていってもいろんな種類があるってことがわかりました。自分の中で思い返すだけでもいくつかの差別がありますし、そういうことに対して自分がどうしないといけないか、自分を見つめるきっかけになります。

「犯罪心理学」では、過去に起こった事件を例にしてくださるんですけど、なかなか胸に応えます。辛いと言うか。でも自分が決して罪を犯さないとは言えないし、状況を自分に置き換えてみると授業の内容が頭と心に入ってきますね。いろいろなケースを知ると、自分の生きてきた世界は本当に狭かったんだなって思います。

浮邉さん

それから、寮で毎朝の勤行の時に『歎異抄』を読んでるんですけど、わからない単語とかあって。「『歎異抄』論」の授業で先生が解説してくださるので、少しわかってきました。授業が予習になっている感じです。それでもまだわからないことはいっぱいあるんですけど(笑)。

箕浦:『歎異抄』は面白いですか?

浮邉:面白いかといえばやっぱり疑問なんですけど(笑)、習ったことで、『歎異抄』が少し身近なものに感じられるような気がします。何かに執着しようとする心は私にもあって、そういうのは私の今までの生活の基盤となっているから急には変えられなくて。でも知ってしまったからこれからどうするのかっていうのは、課題ではありますね。本当に考えさせられてばっかりです。大学生になって、「今の私って……」ってじっくり考える時も増えたと思います。

箕浦:それでいいと思いますよ。僕も仏教の勉強をしようと思ったのは、大学に入って良い先生に出会ったからですし。その先生がいなかったら仏教の勉強はしなかったかもしれない。「授業は難しくて何を言ってるのかわからないけど、この先生の熱意は何だろう?」って気になる先生がいる、ということもあるかもしれないですね。何かそういうきっかけがあれば、あとはどんどん勉強してみたいと思うようになると思いますよ。

箕浦先生

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