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OTANI TALK

2016

歴史学科 p.08


このページに掲載している情報は、取材当時(2015年度)のものです。

08:歴史的な碑文が今ではまな板に!?

丸尾:先生はなんで東洋史を専門にしたんですか?

松浦:僕自身、大学に入って歴史をやろうかなというときに、東洋史をやろうか日本史をやろうか、決めていなかったんですよ。高校で僕は地理と日本史を取っていたから、世界史はやってなくてね。自分で本は読んでいたけれども、受験科目として取っていなくて。それで大学に入ってから本を読んでいったら面白くなって、最終的に東洋史に決めたんです。だから学生が日本史を好きな気持ちはよくわかる。あとは、ひねくれ者なんでね。日本史をやる人が多くて、東洋史を選ぶ人は少なかったんです。それで少ない方が良いや、って思って決めました。

丸尾:今の研究はどんなことですか?

松浦:隋から唐にかけての話です。最初は官僚とかの制度史を研究していたんですけど、最近は仏教と社会の関係といったほうに関心が移っているような状態です。縁あってここの大学で特別研究員をやった時に仏教関係の史料に触れる機会があって、そこから仏教に興味が出てきてね。隋とか唐という時代は仏教が社会にすごく反映されていて、そういう観点から見ていっているような感じです。文献もいろいろあるんですけど、僕は碑文を使います。文献では足りないところを碑文で補うという感じかな。壊されてしまう碑文も結構ありますけどね。

松浦先生の本棚

丸尾:当時は、仏教と社会との関係ってどんな感じだったんですか?

松浦:宮中で仏教的な儀式をやっていたこともあるし、国家規模で写経をしていたんです。玄奘の翻訳も、時の皇帝の支援があってできたことだしね。民間レベルでは仏教と道教との区別ができていないところもありましたけど、信仰の対象にはなっていました。でも時代が新しくなって、年代で言うと明代の碑なんかは、あまり重視されていなくて、碑文をまな板の代わりに使ってたりするようなケースがありますよ。田舎に行くと、農家の人も碑文の価値がそんなにわかってないですし。家の塀に使ったりもしていますしね。

今でも問題になっていますけど、なかなか止められないのが、万里の長城のレンガの盗難。万里の長城は土を突き固めてその上をレンガで覆っているんですけど、そのレンガを持って行ってしまうんですよ。あれだけの距離があるから徹底管理をするというのも難しくてね。

丸尾さん 丸尾:面白いですね。なんで「隋から唐」にしたんですか?

松浦:大学の学部生だった時にその時期の本がたくさん出ていたということもありますし、日本にとって身近な時代だったということもありますね。3年生で専攻分けしたんですけど、1、2年生の時に読んだ本の影響は大きいですね。ウチは小さい大学ですけど図書館とか博物館なんかの設備も充実してるから、学生にはそういうものを使って積極的に頑張ってもらいたいと思います。

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