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OTANI TALK

2015

仏教学科 p.04


このページに掲載している情報は、取材当時(2014年度)のものです。

04:日本の物語における仏教観

三谷:日本には面白い仏教の物語ってありますか?

釆睪先生 釆睪:たくさんありますよ。有名なところで言えば、宮沢賢治もそうです。宮沢賢治の仏教観というのは非常に面白いんだけど、文学の研究者って仏教の入門書くらいしか読まずに発言している場合があるので、ちょっと理解が足りなかったりすんだよね。

『雨ニモマケズ』という詩に、「わたし」は「みんなにでくのぼうと呼ばれ」たい、というくだりがありますが、何でわざわざそんな風に馬鹿にされたいんだと思う?あれには『法華経(ほけきょう)』の常不軽(じょうふぎょう)菩薩という具体的なモデルがあるんです。

常不軽菩薩というのも変な人で、出会う人ごとに「あなたは将来仏になるから拝ませてくれ」と言って手を合わせるんです。でも、人によっては馬鹿にされたと思って石を投げつけようとしたりするわけです。そのとき常不軽菩薩は、ひたすら逃げるのね。ところがこれは菩薩として最高の行為なんですよ。もし相手が石を投げて自分が傷ついたら、相手に罪を犯させることになるからです。普通は石が当たったら「俺を傷つけたアイツが悪い」と思うでしょ。それを「彼に悪いことをさせた私が悪い」って考え方をするのね。そこが常不軽菩薩の違うところです。彼は石が届かないところまで急いで逃げて、そこからまた礼拝するわけです。余計馬鹿にしているような気もするけど(笑)。宮沢賢治がでくの坊と呼ばれたいというのは、彼を尊敬していたんでしょうね。もっと言えば、どうしても尊敬できない人がいるんだけど、そういう思いを持たざるを得ない自分が悲しかったんだと思います。そういうことがわかってくると、宮沢賢治がものすごく面白くなりますよ。

対談の様子

『源氏物語』にも仏教は色濃く出ています。日本文学を勉強していた白土わかという先生が『源氏物語』を読んでいたとき、光源氏が悩む心を静めるために「60巻の文を写した」という記述が目に留まったそうなんです。でも『源氏物語』の中には、その「60巻の文」がどの書物を指していて、なぜそれを写すと心が静まるのかということが書いていない。当時の社会では、あまりにも当たり前のこと過ぎて書かれていなかったのかもしれない。そこで白土先生は『源氏物語』をより深く理解するためにもそこをきちんとわかりたいと言って、大谷大学に仏教を学びに来たんです。

でも日本の仏教を勉強するには中国のことがわからないとダメだと気づき、中国の仏教を勉強した。でも中国の仏教をやるにはインドの仏教がわからないとダメだということでインド仏教の勉強を始めたら、文献がしっかりと残っているチベット仏教をやらなきゃダメだと。そこでチベット仏教をやりだしたという先生なんです。本当にやりたかったのは『源氏物語』を読むことだったんだけどね。仏教には、いろいろな作品で出会いますよ。

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