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OTANI TALK

2014

真宗学科 p.05


このページに掲載している情報は、取材当時(2013年度)のものです。

05:大学は一つの答えを見つける場所じゃない

藤元:面白かった授業はある?

寺眞:差別問題についての授業を2つ取っていたのですが、2人の先生の意見が違うんですよ。

藤元:どんなふうに?

寺眞:ある先生は、差別をしてしまう時点で人として間違っているって感じなんですけど、もう一人の先生はそれは仕方ない、みたいな。

藤元先生 藤元:確かに授業では、先生方の言っていることが違うように聞こえることもあると思うけど、両先生とも、自分の人間性を認められないことで人間らしい生き方ができない人たちの生の声や姿を知っているんです。そのうえで、差別は問題なんだっていう言い方と、どれだけ問題かわかっていても差別をしてしまうのが人間だっていう言い方とがあるんじゃないかな。大学っていうのは一つの答えを見つける場所じゃないから、いろんな考え方や表現の違いがある中で、自分にとってどういうことなんだろうって寺眞さん自身が考えていったらいいんじゃないかな。

寺眞:藤元先生も、親鸞が息子を義絶(※)する時の心境について、他の先生と解釈が違いましたよね。その先生は、親鸞は、善鸞と親子ではなく仏弟子として一緒になりたかったから義絶した、っていう解釈をしてたので、藤元先生の授業を聞いて、あれ、違うなあって思いました。
(※義絶…肉親の縁を絶つこと。)

藤元:確かに、真宗を学んでいく教員一人ひとりも、それぞれの課題の中で親鸞の言葉を受け止めていくので、受け止め方の違いは出てくることはありますよ。その違いを受け止めたうえで、寺眞さんはこの違いをどう受け止めるのか考えるきっかけにしてもらえたらいいと思います。

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