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OTANI TALK

2014

哲学科 p.06


このページに掲載している情報は、取材当時(2013年度)のものです。

06:入信騒ぎ

村山:実はね、僕もそうだったんですよ。生まれながらにして幸せが約束されたような人と、頑張ってもなかなか幸せになれへん人がいるんじゃないか、だとすればその法則を決めているものがあるのか、っていうのが僕の最初の問いなんです。保育園の時に思ったことです。

高石:保育園でですか! すごいですね……。

村山先生 村山:小学校の時には、運命の法則性を知りたくて占いの研究をしてたんだよ。占い系は、四柱推命とか西洋占星術とか姓名判断とか。占いっていうのは運命に法則性があるという立場だからね。だから僕、今でも占えるよ(笑)。そこからもっとオカルトっぽいものも知ったけど、やがて宗教の世界に入ったんです。宗教では特に仏教に惹かれたんです。仏教って、もともと輪廻を絶つっていうことなんですよ。果てしなく続く苦悩に満ちた運命からどうやったら抜け出せるかってことを教えるんです。それで仏教系の本をたくさん読んだんです。そしてのめり込んだのがとある新興宗教。何かを上手に絶つっていうことを説いていて、それにのめって、そこに行こうと思ったんですよ。僕は家庭環境がいろいろあって、あまりにも苦しいと思ってたんですよ、この生(せい)がね。それでやっかいなものを絶てるんやったらそこに入ろうと思って、13歳の時に家出、出家しようとしたんです。

高石:13歳で出家ですか……。

村山:そう。荷物をまとめて電車に乗って、目指す建物の前まで来たんですよ。これで別の生き方ができる、しがらみを切れる、と思いながらね。それで建物の前に来ると、横断歩道があった。その信号で止まって前を見てたんです。中1の秋、木の葉が散る時季でね。通りの向こうではその教団の人が何人かで道路を掃いていたんですよ。全員タスキを斜めにかけてて、そのタスキには「奉仕活動実施中」って書いてあった。僕は信号で止まりながらそれを見てたんですけど、そのタスキが強烈に目に焼き付いてきて、そのときにふっと覚めたんです(笑)。そこで回れ右して帰って行ったんですけど、あのときあのタスキを見なかったら、僕は今ここにいなかったと思いますね(笑)。

それで入信騒ぎは終わったんですけど、少し落ち着いてから、それまでのめってた本をもう一度読み直したんです。そうしたらすごく間違いが多い。僕がはまってた人は、まず哲学を否定することから始めるの。宗教というのは哲学のように難しいことを言ってひねくりまわすんじゃない。そうじゃなくて、もっと身近なところで人を救うんだっていう言い方をするわけですね。僕もそうだと思ってたんですけど、「人間は考える葦である」っていうパスカルの言葉が、本にはデカルトって書いてあった。それを見て「この人は何も知らないで書いてるんだ」って思ってね。パスカルもデカルトも人生をかけて書物を書いたんだけど、それを読まずに否定してるわけです。「お前らとは違う」って言うんだけど、その「お前ら」を読んでない。僕はそこはすごく不誠実だと思ったの。だから僕はまず人の書いたものをちゃんと読んで、正確に理解しないといけないと思ったんです。

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