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そして、教壇へ。~彼らと教職支援センターの日々~

先生になるにはどうすればいいですか?2017

(2) 太田 珠美さん

自然に囲まれ12人の生徒と過ごした日々。目標は大きく、富士山のような先生に!(太田 珠美)[2016年3月 文学部文学科卒/2017年度 静岡県教育委員会採用(中学校国語)]

全校生徒12人、富士山の麓の中学校。静岡県出身の太田は、常勤講師としてここで1年間国語を教えている。それまでほとんど馴染みの無かった小規模校に対して、「一人ひとりの生徒とじっくり話せたり、学習指導の内容をその子に応じて変えたりできるのは、大きい学校に比べたらやりやすいのかもしれません。ただ教員の人数も少ないから、やるべき仕事の種類や量は、むしろ増えてしまうんですよね」と太田。
着任当初は試行錯誤の連続だった。ゴルフ部の顧問になったものの、太田はゴルフ初心者。部員の生徒たちや校長先生にも教わりながら、近隣のコースを回ったこともあった。鹿や猪も住む学校林の再生プロジェクトや、起業体験プログラムとして道の駅でおこなった蕎麦や大根の販売活動も、生徒たちとともに必死に取り組んだ。
また、今年の2年生の在籍者は、なんとたった1人。1対1の授業では、できるだけ一方通行にならないよう、その生徒の意見を受けて一緒に考えながら、「なるほどねー。ところで私はこう思うんだけど、どう?」と、太田が先生役と生徒役を兼任する雰囲気で授業を進めるように工夫した。

放課後はゴルフ部の活動を見守る

ボロボロだった教育実習。授業力の無さに加え、体調不良も。

太田は大学4年次に、高校の国語教師を目指して京都市と静岡県の教員採用試験に挑戦している。しかし難関を突破することはできなかった。そんな人生のつまずきは、他にも。特に苦い思い出として太田の心に刻まれているのが、教育実習だ。
「教材研究のやり方も分からず、授業をしようにも自分がやりたいことのゴールすら見えなくて、事前の準備も足りずにボロボロ。実習日誌を書くだけで精一杯で、それも指導してくださった先生に言われたことをそのまま書いたような内容でした」
そのうえ体調まで崩してしまう。ただでさえ授業力が無い実習生の太田。満足な授業もできないのに、これ以上実習校に迷惑をかけてしまうのが何よりもつらかった。そんなときに支えてくれたのは、現場の先生と家族だ。さりげなくかけてくれるやさしい声に励まされ、何とか立ち直ることができた。そしてこれらの苦境こそが、「子どもたちの背中を押してあげられるような教員になりたい」という、太田の信念を確固たるものにしたのだ。

経験が根拠になって、説得力のある答えが生まれる。

講師として仕事に携わりながらの再受験は多忙を極めた。試験準備と日常の業務、バタバタと慌ただしく、「どのタイミングで机に向かえば良いのか混乱するほど。現役のときほどじっくり勉強なんてできませんよ」と笑う。
しかしこの1年間、太田は現場で大きく成長した。大学で学んだことは教員としての心構えの基礎であって、それがすべてではないということも痛感した。
「昔は教育新聞で気になる記事を見つけても、ただ知識として吸収して鵜呑みにするだけでした。生徒目線で読んでいたんでしょうね。でも教える立場に立つと、一方向からだけではない、さまざまな見方があることに気付きます。例えば『部活動における教師の在り方』について。ゴルフ部の経験を通して、チームワークや礼儀の育成など、部活動の目的そのものを意識することが大切だと分かってきたんです」
採用試験で教育時事について質問をされた太田は、以前の自分の認識を述べたうえで、「でも今はこう考えています」とはっきり答えた。経験が根拠となり、説得力のある回答につながったのが、今年合格できた一因だろうと分析する。
さあ、日本一の山に見守られ、いよいよ太田の本格的な教師生活が始まる。太田のように富士山の近くで育った者たちは、他府県に行って初めて「ああ、ここからは富士山は見えないんだ」と思うことが少なくない。それほど当たり前の存在なのだ。
「富士山の湧き水が人々の暮らしを支えているように、私も子どもたちにとってなくてはならない存在でありたい…っていうのは、ちょっと大袈裟過ぎかな(笑)」

講師期間中、全学年の国語を担当した

採用試験対策資料

赴任先の先生方からアドバイスをいただきながら、業務の合間を縫って勉強した。

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