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そして、教壇へ。~彼らと教職支援センターの日々~

先生になるにはどうすればいいですか?2016

(13) 冨田 真依子さん

楽しむことが最優先だった学生時代。講師を経験して、何かが変わった。(冨田 真依子)[2014年3月 教育・心理学科卒/2016年度 滋賀県教育委員会採用(小学校)]

学校ボランティアには、1回も行かなかった。染めていた髪の毛を黒くするのが嫌だったからだ。児童たちにとっては「先生」となる立場で行くのだから、当然、身なりもそれなりにきちんとしなければならないわけだが、遊びやバイトに優先順位を置く「普通の」大学生だった冨田には、それが苦痛だったのだ。それでも「教師を目指して教育・心理学科に来た学生なのだから」、と教職支援センターのスタッフは何かと気にかける。「遅刻ばっかりしてると子どもを叱ることもできないよ」「こんなボランティアがあるよ、騙されたと思って行ってみたら」…だが、冨田にとっては、学生生活はまず楽しむものだった。
「問題児やったと思います。センターのみなさんには、ほんとにご心配おかけしました」
だが、そんな冨田も大谷大学の東日本大震災復興支援ボランティア TAT(Tomoni Ayumi Tai / Transcending All Together)には、積極的に参加していた。炊き出しをし、子どもたちとキャンプをし、おばあちゃんたちの話し相手になる。ここでは髪の毛を黒くしなくてもいいから…だけではない。誰かのために何かをしたい、力になりたい、という気もちは、もともと人一倍強かったのだ。
「父も母も中学校の教師で、家で学校のことを話している様子がとても楽しそうだったんです。お互いに、自分の生徒を褒めて自慢し合ってる…。何かいいな、と思いました」

2次試験、不合格。勉強だけでなく、やっておくべきこと。

4年次には、さすがに髪を黒くして、採用試験のための勉強に集中した。毎日、朝早くから夕方遅くまで、教職支援センターで過去問に取り組む。「どうしたんだ、冨田」「いや、やるときはやる子なのよ」センターのスタッフが目を見張るほどの勉強ぶりで、滋賀県教育委員会の採用試験は1次合格。だが、2次の面接で失敗する。
「そのとき、自分ではアカンとは思わなかったんです。でも…」
学校ボランティアに参加していない、教師塾にも行かなかった。そのことばかり何度も聞かれて、「ちょっとカチンと来た」と本人が後から言ったように、少し態度に問題があったのかもしれない。それは、単に謙虚さに欠けるということではなく、自分を守ることに精一杯で、余裕が無かったということではなかったか。

教育実習中の様子

伝えられる先生に。現場で学んだ教壇に立つ覚悟。

そんな冨田が変わったのは、常勤講師として地元の小学校に勤務してからだった。
「子どもたちと同じ目線で、友だちみたいな先生になりたい」…そんな理想を抱いて受け持ったクラスは、彼女に「現実」を突きつけた。子どもとの関わりが上手く取れず、関係性を築くのが難しかった。
「子どもたちのことが見えてなかったんやと思います」

みんなで話し合って決めたクラスのルール

2学期、授業の合間に時間を取って、子どもたち1人ひとりと話し合った。それぞれが抱えている問題を聞いた。「どんなクラスにしたいと思う?」と希望も聞いた。彼らの思いを受けて、あらためて担任教師として発信することで、クラスで子どもたちと過ごす時間がとても充実したものになっていった。そして、教員採用試験、2度目のチャレンジ。面接官は、奇しくも前年と同じ人だった。
「1年目の面接では、『子どもの話を聞ける先生になりたい』と言いました。2年目では、『伝えられる先生になりたい』と言いました」
この違いは、大きい。子どもたちの前に立つためには、自分の責任において言葉を発する覚悟が必要だ。講師としての経験が、冨田の中にその覚悟を植え付けた。それが面接官に通じたのだろう、冨田は滋賀県教育委員会の採用試験に合格した。子どもたちに「伝える」ために、今日も子どもたちの前に立っている。

寄書きの色紙と手紙

教育実習でクラスのみんなからもらった。子どもたち1人ひとりが先生になることを応援してくれている。中学生になったみんなに合格したことを伝えたい。

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