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そして、教壇へ。~彼らと教職支援センターの日々~

先生になるにはどうすればいいですか?2016

(11) 橋内 智子さん

失いかけた教職へのモチベーション。支えてくれたのは、友だちと教職支援センター。(橋内 智子)[2016年3月 教育・心理学科卒/2016年度 京都市教育委員会採用(小学校)]

「なんや、ボランティアて。そんなんいらんわ。帰れ」
1年次の後半、初めて学校ボランティアに出かけた橋内に浴びせられたのは、4年生の子の、そんな言葉だった。校長先生からは事前に「『賑やか』なクラスだから、色々言われるかもしれないけど、気にしないでね」とアドバイスされていた。いや、「賑やか」どころではなかった。
子どもたちに勉強を教えながら、1人ひとりの成長を見守る楽しく穏やかな毎日を夢見ていた。その夢が、子どもからの一言で崩壊した。
「心が折れました。子どもが怖くなって、教師になりたいどころか、教師にだけはなりたくないとまで思いました」

おおたにキッズキャンパスで魚釣り体験

大学に入って最初の学校ボランティアを終えて、級友たちの間では、楽しかった思い出を語り、「次の学校ではこんなことをやってみよう」、というような話になるが、橋内はその輪に入れない。いつまでも顔を上げようとしない彼女を見かねて、ある日、友だちが言った。
「橋内、あんたそんなんで教職取ってる意味ある?その辺、はっきりしようや」
言葉はきついが、教師を目指す仲間を思う気もちが溢れていた。橋内は、教職支援センターのスタッフに泣きながら訴えた。「ボランティアに行きたくないんです!」。アドバイザーの馬場先生にも相談した。
「教師になりたくないって、それ、本心?もう1回だけボランティア行ってみようよ。そこで、自分の気もちを確かめよう。決めるのはそれからでも遅くないから」
先生は、その場で知り合いの学校に電話してくれた。今度の学校は、前に行ったところとは正反対。子どもたちは明るく素直で、クラスは円滑に運営されていた。橋内は失いかけていたモチベーションを取り戻した。

1日12時間、センターで過ごす。見ていてくれるのが、嬉しいから。

教員採用試験の準備は、ほとんど教職支援センターでおこなった。センターが開く朝の9時から、スタッフが「もう閉めてもいいかな」と言ってくる午後8時過ぎまで。昼前くらいに友だちが来ると、それを迎えて一緒に勉強し、夕方、家路につく友だちを見送って、さらに勉強する。センターには問題集や参考書、先輩の体験談集など、資料が豊富にそろっているし、疑問点があれば、センターのスタッフやアドバイザーの先生にすぐに質問することができる。だが、橋内がセンターを頻繁に利用する理由は、それだけではない。
「1人で勉強してると、何だか悲しくなってくるじゃないですか。だから、私は見てもらえるところで努力しよう、と思ったんです」
センターのスタッフの側からも、彼女の頑張りは注目に値するものだったようで、たまに朝10時を過ぎても現れないことがあると、「どうしたんだ」、とスタッフルームがざわつくこともあったらしい。努力する者の周りには、自然にサポートの輪が広がる。それが教育・心理学科であり、教職支援センターなのだろう。1年次の挫折を乗り越えて、橋内は京都市の採用試験に合格した。

現場はお花畑ではない。だからこそ、自信を持って教壇へ。

「今思えば、1年次のときのボランティアでも、つらいことだけではありませんでした。きついことを言ってきた子も、1対1で話せば、その子なりに抱えていた問題や悩みがあったことも分かる。今の私なら、もうちょっとしっかり向き合えると思います」
教育現場は、お花畑ではない。だからこそ、全力で取り組まなければならないし、そうする価値がある。どこの現場でも、教師はそのような覚悟を持って努力しているのだし、子どもたちの成長も、教師自身の喜びも、その中にある。つらい経験を自らの強みに変えることを知った橋内は、4月から、自分を信じて教壇に立つ。

丹精込めて作った大根。太いのが自慢だが短かった(泣)

猛勉強で使ったノートと御守り

ノートには付箋などを利用して工夫をこらした。御守りは両親にもらったものと支援センタースタッフからの手紙。試験前に握りしめてパワーをもらっていた。

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