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そして、教壇へ。~彼らと教職支援センターの日々~

先生になるにはどうすればいいですか?2016

(7) 木本 黎さん

愛情いっぱいの熱血教師に!尊敬する先生方が私の心の支え。(木本 黎)[2016年3月 文学科卒/2016年度 大阪府教育委員会採用(中学校国語科)]

憧れの先生がいる。高校時代のバレーボール部顧問、志田先生だ。当時まだ新任講師だった先生の熱血ぶりを、木本は部長として間近で見てきた。一度、部を上手くまとめられず志田先生に呼び出されたことがある。ミスに落ち込み、モチベーションを下げてしまう部員たち。逆に、気が強く周囲と馴染みづらいメンバーもいた。ちょうど自身のスランプが重なったこともあり、木本は練習試合中にイライラを爆発させてしまったのだ。
「先生が私たち1人ひとりの様子を常に気にかけ、どんなに深い愛情を注いでくださっているのか、じっくり話をしてみて改めて分かりました」
「志田先生のようになりたい」。木本の進路が明確に定まった瞬間だった。
大学入学後もバレーボールは続けた。サークルでは初心者も経験者もみんなで楽しんで活動することができた。木本は試合責任者を務め、半年に1回の対外試合の運営にも関わった。4月から教師として赴任する中学校でも、バレーボールに携わりたいと考えている。ほとんどが初心者の中学生にどう指導すればいいのか不安はあるが、最初はボールが全然前に飛ばなかったのは木本も同じ。
「思い通りにいかない気もちは分かってあげられるので、何とかやっていけるんじゃないかな」

ゼミや教職支援センターで多くを教わり乗り越えた採用試験。

国語科の教師を選んだのは、古文が好きだったから。読めなかった文章を、自分の力で解釈できるようになっていくのが魅力だ。中川先生のゼミに入り、採用試験に向けて古文や漢文の勉強会にも参加した。中川先生は中学の講師経験を持っておられるため、教わることは非常に多かった。
面接練習には、教職支援センター主催のセミナーを計10回に渡って受講。個人面接と集団面接を繰り返した。緊張で声がこもってしまう癖も回を追うごとになくなり、力が付いたという実感を得た。直前まで準備していたのは模擬授業。教職支援センターの美濃部先生に何度も見ていただき、試験前はほぼ毎日センターに通った。
「美濃部先生にはギリギリまでお世話になりました。教師になってからも、また美濃部先生に悩みを相談してしまう気がします。それに私には中川先生も志田先生もいますから、心強いです」
頼りになる先生方の存在が、いつも木本の心の支えとなっている。

生徒たちの良いところをたくさん教えてあげられる先生に。

図書館や土曜自習室のボランティアでは、中学生たちの純粋さに触れた。名前を覚えられ、話しかけてもらえたときはやはりうれしかった。中学校は、小学校や高校よりも学力や性格に差が出やすい繊細な時期とも言える。各学校によって特色は異なり、現場で学びながらやり方を変えていかなければならないが、クラス全員が分かる授業をするためにはまず、基礎をしっかり押さえることを大切にしようと思っている。
また、木本は昔からあまり長くストレスを溜め込まず、失敗してもかえって意欲を燃やすタイプだった。しかし誰もがそうとは限らないことは、高校のバレーボール部で学習済みだ。
「素直な子ほど自分の悪いところを気にして落ち込んでしまいます。だからかつて志田先生が私たちをよく見てくださっていたように、私も愛情を持って生徒たち見て、『あなたにはこんな長所があるよ!』『ここが上手にできてるよ!』と、それぞれの良いところを教えてあげたいです」
笑顔を絶やさぬまま、意気込みを語る木本。ここにまた、新たな熱血教師が誕生した。

大好きな志田先生と一緒に、笑顔でピース

教育実習先でのプレゼント

実習で受け持ったクラスや、手伝いに入ったバレーボール部の生徒たちからもらった色紙。また、担当の先生からはチョークケースをいただいた。

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