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そして、教壇へ。~彼らと教職支援センターの日々~

先生になるにはどうすればいいですか?2016

(1) 藤坂 賢良さん

尻を叩いてくれる人が、たくさんいた。だから、立ち止まらなかった。(藤坂 賢良)[2012年 大学院 修士課程真宗学専攻修了/2016年度 富山県教育委員会採用(小学校)]

大学生の時間割を見たことがおありだろうか。たいていは1日に1コマか2コマ、多くて3コマ。なんだ、大学生って楽勝じゃないか、と多くの高校生諸君は思うかも知れない。だが、ちょっと待ってほしい。大学の授業は、通常1時限90分。その90分に対して180分の予習・復習など、自主学習の時間が想定されている。時間割表には現れないその倍の学習時間があるのだ。だから、時間割は一見スカスカでも、大学生は(ちゃんと勉強していれば)かなり忙しい。授業を朝から晩までみっちり詰め込んでいる学生は、どうかしているのである。そして、学部時代の藤坂は、どうかしていた。
「家が浄土真宗のお寺で、真宗学科に在籍していたので、真宗大谷派教師というお坊さんの資格はマスト。昔からぼんやりと『学校の先生になるのもいいな』と思っていたので、教職課程を登録。これは、中学校の教師を目指すもの。さらに2年次からは、教職支援センターの人に勧められて、他大学連携プログラムの通信課程で小学校教師の免許取得も目指していました。そりゃあ、いっぱいいっぱいになりますよね」

給食の後片付けもコミュニケーションの場

「救い」ってなんだろう?ぶつかった問題は、大きかった。

もともと、勉強家ではあるのだろう。黙々と課題に取り組んでいる姿は、苦しそうではなく、むしろ楽しそうだ。だから、教職支援センターのスタッフも、先生方も、彼に対しては学びのハードルを上げたくなる。尻を叩いてやりたくなる。専門の真宗学でも、ゼミの先生を囲む勉強会(兼飲み会)で薫陶を受けるうちに、「救いってなんだろう」という、あまりにも大きな問題にぶつかり、それを徹底的に考えるために大学院に進学した。その間にも、教壇を目指す勉強は続けていた。
だが、試験には恵まれなかった。学部の4年次に1回目、大学院の2年次に2回目、その後、地元の富山県で講師登録をして3年。その間も毎年受験して、5回目で、ようやく合格を果たした。そして、その時間は彼にとって、決して無駄ではなかった。
「講師を務めたのは、小学校が4つに中学校が2つ。色んな子どもたちや、色んな現場の先生方に出会いました。教室で起きる日々のできごとのすべてが貴重な経験だったし、先生方にはプロの教師ってどういうものなのか、背中で教えてもらいました」

すべての出会いを、「自分への応援団」として。

現在の勤務先である高岡の中学校では、校長先生が「君、毎日の勉強時間を報告しなさい」と進捗状況をチェックし、面接の練習にも付き合ってくれた。ここでも、尻を叩かれていたのである。現在、27歳。「なんとなく」教師を目指して教職課程を履修し始めてから9年、採用試験を受け続けて6年。さすがにそろそろ合格しないと後がないな、と思っていた今年、晴れて採用された。これは、「救い」だろうか?
「違うと思います(笑)。自分の現状が良くなるとか、極端な話、金が儲かる、とか。そういうのは『救い』じゃない。というくらいのことは分かります。でも、これまでのことを振り返ってみると、ずいぶんたくさんの人が、僕のほうを見てくれた。応援してくれた。尻を叩いてくれた。それは、本当にありがたいと思います」
これ、やってみたら、と次々に資料や参考書を薦めてくる教職支援センターのスタッフ。飲み会で顔を真っ赤にしながら一生懸命に自分の信念を語ってくれたゼミの恩師。先輩風を吹かすことなく後進を励ましてくれた現場の先生方。放課後に「せんせー、せんせー」とまとわり付いてきて、どんどん仕事を増やしてくれる子どもたち。なんで? なんでみんな、こんなに? そこに気付いたとき、藤坂は、求め続けてきた問いの答えの、すぐそばにいる。

音読も様になってきた3年目

教育実習でもらった手紙

どれも自身の宝物。悩んだときや落ち込んだときに、いつも元気をもらっている。

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