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そして、教壇へ。~彼らと教職支援センターの日々~

先生になるにはどうすればいいですか?2014

(5) 稲葉 真希人さん

一人でやらない、急いでやらない。“相手のために”が、教育だから。(稲葉 真希人)[2014年3月 教育・心理学科卒/2014年度大阪府教育委員会採用(小学校)]

明るくて、活発な子どもだった。仲間で遊ぶときはリーダーシップを発揮したし、勉強も、まぁ、楽しかった。そんな稲葉がちょっと躓きかけたことがある。小学5年生の時。思春期の入り口で、父子家庭という事情もあってなにかと考え込むことも増え、気がつけば周囲から孤立しかかっていた。それを救ってくれたのが、当時の担任の先生だった。
「みんな、稲葉と仲良くしなきゃダメじゃないか、みたいなことは言わない。とにかく明るくて元気な先生で、いっしょにいるだけで勇気が出ました」
元気を取り戻した稲葉少年は、大きくなったら先生みたいな人になる、と心に決めたのだった。

人間は“手段”ではなく“目的”だ。『Eの会』の仲間が教えてくれた。

教育・心理学科に入学してからは、教師をめざしてやれることは何でもやった。教職支援センターに紹介された学校ボランティアは、京都市立紫野小学校。1年次の6月から卒業間際まで通った。同じくセンターから紹介された大阪府教志セミナーは、3年次の夏から翌年の春まで。大学のゼミ活動では、小学3・4年生の社会科の教材として『都道府県かるた』を作って出前授業を行った。センターで行われる面接セミナーや小論文セミナーには、もちろん皆勤賞で出席した。教職課程のカリキュラムは、決してのんびりしたものではない。それに加えて、この密度。貪欲と言っていい。しかも稲葉はさらに同級生を誘って勉強会まで組織してしまったのだ。
「勉強会というか、一種のサークルですね。『Eの会』と名付けました。2年次のとき、メンバーは12人。教員採用試験の勉強って、面接の練習や模擬授業など、一人ではできないこともいろいろあるので、じゃあみんなでやろうよ、と」
だが、この『Eの会』の運営が、意外と難しかった。稲葉がやりたいこと、そのモチベーションとメンバーのそれとの間にギャップがあったのだ。今、それどうしてもやらなきゃいけない?おまえのペースにはついて行けないよ!最初のうちは笑いながら言っていた意見も、そのうち目を合わさずに言うようになった。
「これはまずい、と思いました。なんでも自分一人で決めてしまうのは僕の短所です。小学生の頃、クラスの中でギクシャクしたのも、一つにはそこに原因があったのかもしれません。副代表を決めて、みんなの勉強の進み具合を第一に考えるようにしました」

「Eの会」メンバーと

一人ではできない勉強があるからグループでやる…その発想は、厳しく突き詰めれば、他人を“手段”として扱うことだ。だが、人間は“手段”ではなく“目的”だ。相手のために自分にできることはなにか、そう問うことが人間らしい態度だし、教育とは、まさにそのような人間の営みではないか。そう気づいてから、『Eの会』はとても楽しい集まりになった。稲葉にとっても、メンバー一人ひとりにとっても。

かけた時間の長さだけ、関わった人の数だけ、感動がある。

ビジネスマンなら、一つの仕事にかける人数は少ない方がいいし、時間も短い方がいい。その方がコストパフォーマンスがいい、つまり儲かる。だが、教育はそうではない。学校ボランティアで1年次のときに稲葉が出会った、人と関わることが苦手で、自分の思いを上手に表現できない児童。児童が彼に心を開いて、自分から言葉を発してくれたのは稲葉が3年次になってからだった。教育は時間のかかる事業だ。むしろ、そのかけた時間にこそ価値がある。そして、その時間を共有する人々、教師と児童、保護者、同僚…すべての共同事業だし、関わる人数が多ければ多いほど、価値がある、感動がある。
教員採用試験の合格を、小学生の頃の、あの先生に報告した。実に10年ぶりの再会だったが、その間も手紙のやりとりは続いていた。
「この10年間、会えないときも、僕はあの先生に育ててもらっていたのかもしれません」
おめでとう、よかったな!先生の明るい笑顔は、あの頃と全く変わらなかった。

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