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そして、教壇へ。~彼らと教職支援センターの日々~

先生になるにはどうすればいいですか?2014

(3) 濱 悠介さん

部活も、ボランティアも。すべてが夢につながっていた。(濱 悠介)[2014年3月 教育・心理学科卒/2014年度千葉県教育委員会採用(小学校)]

特に明確な目標もなく大学選びをしていた高校時代。そんな濱に声をかけ、進路に対するその後の意識をガラッと変えてくれたのは、尊敬するバスケットボール部の顧問の先生だった。
「『今、男性の小学校教員って少ないねん。もし興味があるなら、目指してみたらどうや?』と声をかけてくださって。さりげない言葉だけれど、この言葉で、小学5、6年のときの担任の先生が大好きだったことを思い出したんです」

後輩を指導する経験も教育現場で役に立った

濱が大好きだったのは、いつも明るく、休み時間には子どもたちと一緒になって、同じ目線で遊んでくれた先生。目指すなら、あんな先生になりたい— 漠然としていた濱の目標は、確かなものへと変わっていった。こうと決めたら、一直線。教員を目指せる学部や学科に絞って大学選びを始め、京都という場所への憧れも手伝って、大谷大学の教育・心理学科に入ることを決めたのだという。

気づきの宝庫だった、ボランティアと実習の現場。

教職支援センターに通い始めたのは2年次から。きっかけは、学生ボランティアのための情報収集だった。アドバイザーの先生に相談し、計2校の小学校でボランティアを経験。金閣小学校では、特別支援学級に入らせてもらった。
「そのクラスでは教科書を使った授業をしていなかったんです。たとえば算数なら、ペットボトルを使って、何リットルの水が入ってるかを計算する。身近なものを使いながら、児童を飽きさせない工夫がされていました。それまで普通学級のイメージしか持っていなかった僕にとって、とてもいい経験になりましたね」
気づきの宝庫だったボランティアの現場。この経験が後の教育実習でも活きて、問題なくこなせる、はずだった。担当したのは普通学級。2人、障害のある児童がいた。
「学生ボランティアの経験もあったから、正直『まあ、大丈夫だろう』と思っていました。いろんな子を見てきた自信もあった。でもいざ教壇に立ってみると、全然ダメで(笑)子どもたちの言動が全く予測できなくて、焦りましたね」
ある児童は、意見をたくさん言いたがった。ある児童は、障害はあるけれど、絵を描いたりものを作ったりすることがとても好きだった。
「気づいたんです。担任の先生と違って、『濱先生』という存在は新鮮で、いいところを見せたい!って子どもたちが思うのは当然だ、と。だから、そうできない児童にも目を配ろう、と。障害のある児童には、授業参加を無理強いするのではなく、その子が好きな作業を見守りながらコミュニケーションをとるようにしました」
「学生の濱」から「濱先生」へ。少しずつ、確実に、夢への階段をのぼっていく。

濱さん

みんなで一緒にチームをつくる。バスケが教えてくれたこと。

もちろん、教職支援センター通いは、学生ボランティアや教育実習のためだけではない。特に第3学年からは、採用試験の勉強のために、ほとんど毎日通っていた。さらにはバスケットボール部のキャプテンとして、ほぼ毎日、部活動にも精を出してきた。
「1、2学年のうちは授業も多いし、正直大変でした。でも、キャプテンをやらせてもらってよかったな、って。チームメイトをまとめながら、みんなで一緒にチームをつくる。みんなでチームになっていく。これって教育現場でも共通して言えることだと思うんです」
大好きなバスケットボールを続けることが、知らず知らずのうちに、濱を「先生」へと近づけていった。そのことに、彼自身は気づいていたのか、どうか。

愛用のバスケットシューズ

教員採用試験の辛さもバスケットボールがあったから乗りきることができた。

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