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そして、教壇へ。~彼らと教職支援センターの日々~

先生になるにはどうすればいいですか?2013

(5) 西野 拓さん

心から、児童のことを思う。憧れの先生に、少しずつ近づきたい。(西野 拓)[2013年3月 教育・心理学科卒/2013年度千葉市教育委員会採用(小学校)]

子どもが好き。人に勉強を教えるのも好き。だったら、学校の先生になろう!西野が教員を目指した理由は、極めてシンプルなものだった。憧れの先生もいた。中学時代、陸上部だった西野をよく叱ってくれた顧問の先生である。
「めっちゃ怖かったんですよね(笑)よく叱られたし、とにかく怖かったけど、生徒からは絶大な人気があった。なんでだろう・・・叱る中にも、生徒のことを思ってくれてるのが分かるっていうか。愛情をもって叱ってくれる先生でしたね」
先生になると決めたら一直線。顧問の先生のように、生徒のことを親身に考え、心から叱ることのできる教員になりたい。教職に力を入れている大谷大学 教育・心理学科へ入学し、2年次に、母校である枚方市立香陽小学校での学校ボランティアに初めて参加した。

信じていれば、子どもたちはきっと心を開いてくれる。

学校ボランティアでは教育補助員として、1年生から6年生までのさまざまな学級に入った。そこでちょっとした壁にぶつかる。低学年は、難しいことばがわからない。さらに、飽きっぽい。接し方にひと工夫もふた工夫も必要だった。逆に高学年は、思春期真っ只中。特に女子児童は、男性である西野になかなか心を開いてくれなかった。
「児童の学年や性格に合わせてアプローチを変えていくのが、思いのほか大変でした。そんなこと、頭では分かっていたつもりだったけど、現場になるとなかなか難しい。低学年には丁寧に、ひとつずつ教えることを意識し、高学年に対しては微妙な距離を保つようにし、反抗的な児童には『普通』を心がけました」
ボランティアでのこの経験が、やがて教育実習にも活かされる。教育実習で担当したのは、5年生。クラスには2名、反抗的な態度の女子児童がいた。
「どれだけ話しかけても、とにかく無視(笑) まあ、少しはショックでしたけど、ボランティアでの経験もあるし、そんなもんだよなあ、って。無理に話しかけなかったし、特別扱いはしませんでした」
実習も終盤にさしかかった頃、2人の態度は明らかに変わっていた。2人から話しかけてくれることが増えた。心を開いてくれたと感じた瞬間だった。
「反発することで、気を引きたかったんでしょうね。それを僕は、ある意味、バッサリ切った。子どもたちを信じて、みんなと変わらず接すれば、心を開いてくれる。それを目の当たりにできる。教師という仕事の一番のやりがいは、やっぱりそこですね」

西野さん

同じ目標を持つ仲間と切磋琢磨した毎日。

教職支援センターには、時間があれば足を運んだ。採用試験直前は朝9時からセンターが閉まるまで。模擬授業の練習、資料を見ながらの勉強やレポート、教職アドバイザーとの細やかな面接練習・・・。もちろん、授業だってこなさなければならない。総合表現の授業では、学科の仲間7名と「白雪姫」の演劇をやることになった。小物から衣装まで、すべて自分たちで制作する。「小物がしっかり作られていたら、劇そのものにもリアリティが出る」と、小道具づくりにはこだわった。
「教育実習の期間がかぶっていたので、練習は正直言って不十分。それでも、同じ目標を持った仲間と1つの劇を創り上げる楽しさ、苦労を共有できたのは大きなメリット。将来に活かせる力がついただけでなく、仲間と一緒にモチベーションを上げながら取り組むことができました」
2013年4月からは、千葉市内の小学校で教壇に立つ。初めての土地で、初めてのひとり暮らし。不安もあるが、楽しみのほうが優る。
「実習先の先生からは『4月までは思いっきり遊べ!』と言われたんですが、採用試験にパスした今も、実は板書が苦手。最後の春休みもアドバイザーの先生にしごかれそうな予感です(笑)」

西野さん

リアリティを求めた小道具

凝った作りのナイフのため、このシーンでは会場からどよめきが。魔女役は後から決まったそうで、まさか自分が作った道具で倒されることになるとは思わなかったらしい。

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