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入試情報

朝日新聞 掲載 2016
「今、切り開く 教育力」

Vol.01 木越 康 教授

苦しみ悩む人の傍らにあって 社会創造の課題に取り組む人を育てたい

このページに掲載している情報は、公開当時(2016年度)のものです。

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仏教の精神を大切に 他者のために生きる人を育てる

— 木越学長は今年4月、大谷大学の第28代学長に就任されました。これからどのような学生を育てていきたいとお考えですか。

 昨年の夏ごろ、文部科学省から国立大学の教育・人文社会科学系の学部・学科について、「より社会的要請の高い」学部・学科への移行を促すような通達が出され、話題になりました。多くの知識人や大学人が反対の意を表明されました。私も文学部の人間として、憤りを感じた一人です。学問の世界は自然科学系と人文科学系の二つの領域が互いに支え合って、文明創造に寄与してきたはず。人間が生きることの意味を問い、真の豊かさを批判的に問い直す、人文系諸学の重要度は、これからさらに強調されなければならないと思います。

 ただ、「社会的要請度が低い」と見なされる状況に憤慨すると同時に、自らの学問に対する反省的な見直しも必要だと考えます。やはり、人文科学系の学問が、社会との間に「通路」を持てていないのだと思うのです。

 真の社会的要請とは何かを明らかにし、社会との間に新たな「通路」を作るために何をすべきか。私は大谷大学の建学の理念である仏教の精神、親鸞の思想をシンプルにかつ強く伝え、学生にその自覚と自負を持って学べる精神環境を整えていくことが大切だと考えています。

 本学は開学以来、ブッダの精神、親鸞の思想を教育の柱にしてきました。「他者とどのような関係を持って生きていこうとするのか」を最も重要な問いとします。ブッダは「他者のために生きよ」と強調しました。親鸞は流罪を経験し、社会の底辺に追いやられて苦悩しながら生きる人とともに思索して生きた人です。だから本学で学ぶ学生には、どのような専門分野に進んでも他者に尽くし、苦しむ人たちの傍らに立って社会創造に苦心する人間になってもらいたい。社会的弱者は国内外、地域の中、学校の中などどこにでもいます。そのような最も弱い人たちを中心に、豊かな社会の創造を考える人間になってほしいと思います。

「コミュ・ラボ」など 現場での学びを重視 日本語の表現力も磨く

— 新学長として、大谷大学が目指す教育方針をお聞かせください。

 机上の学習だけでなく、現場での学習を積極的に取り入れたいと考えています。例えば、大学と地域をつなぐ活動拠点「コミュ・ラボ」を新しく立ち上げました。これまで社会学の教員を中心に、学生と地域に出掛けて活動する学びを展開していますが、さらにそれを発展させます。

 現在取り組んでいるプロジェクトには、京都市の過疎地における地域活性化のための活動、祇園祭のゴミ分別活動、コミュニティーラジオの企画・取材、東北での被災者復興支援活動などがあります。社会的課題の担い手、社会的に弱い立場に置かれた方々の環境回復に関心を持った教職員がたくさんいて、プロジェクトの中心になっています。とても大谷大学らしい、社会学の活動だと思います。本学には仏教を学んでいる真宗寺院のご子息もいますが、地方のお寺の中には過疎化問題で困っている所が多くあります。そのような現場を持つ寺院の担い手たちにも、コミュ・ラボの活動で多くを学んでもらいたいと思います。

 また、近年進めてきた正確に日本語を理解し、表現する能力の教育も徹底していきたいです。その時に一番大切なのが、何かを感じることです。見たり、聞いたりする中で、まずは自分が何を感じているのかに心を傾ける。美しいと感じるのか、悲しいのか、つらいのか。何かを感じ取れば、それを伝えたいという思いが生まれます。その延長線上に言語表現があります。感じる中から言葉を紡ぎ、正確に伝えることは、何をする上でも大切な営みとなります。

対談の様子

学習成果の評価基準を取り入れながら 学生の個性を尊重

— 新学長として、大学の運営方針についてはどのようにお考えですか。

 教員も教育者としての意識を高める必要があると思います。文部科学省から高等教育での学習成果を客観的に測るよう指示が出されていますので、ある程度は取り入れていくことになります。例えば、でき上がったレポートをなるべく客観的に評価するため「ルーブリック」などを用いて採点することが求められています。レポート作成に際して、理想とされる形態をあらかじめ項目別に明示して、それぞれに評価基準を定める。学生はそれを目安に、「正しい」とされるレポートの作成に取り組むわけです。ただ、すべてこれに従うと、似たようなレポートや論文になってしまうので個性を奪うことにもなります。難しいところです。

 とはいえ、教員はこうした教育界の動きを把握し、評価基準を取り入れるならきちんと理解した上で採用しなければなりません。それによっていったんは評価した上で、しかしそれから外れたものを学生の個性として評価できるなら、大いにその面を尊重して伸ばしていく。そのような教員の教育能力の向上や工夫も必要になってくると思います。

 大学の規模が小さく、教職員と学生との距離が近い、今の大谷大学の利点をもっと生かしていきたいですね。教職員が一人ひとりの学生により一層近くで関わり続け、時に優しく、時に厳しく接してもらいたいですね。

現場と深く関わる「現代臨床」など 真宗学科に三つのコースを新設

— 真宗学科に2016年4月、新しく三つのコースが誕生しました。その狙いをお聞かせください。

 親鸞の著作や文献から思想を探究する「思想探究コース」、現代社会の様々な現場と深く関わりながら、浄土真宗を通して思索する「現代臨床コース」、仏教の思想に関心を持つ留学生の受け入れと東本願寺の海外拠点施設への人物輩出を目指す「国際コース」があります。

 特に「現代臨床コース」を設けたのは、これまで取り組んできた仏教の教育・研究に、反省すべき点があると考えるからです。このコースでは、現代社会の中で苦しみ困っている人のそばに赴き、その現場で思索し学ぶ人を育てます。この学科やコースは、僧侶になる人向けではありません。企業や行政機関などで働く場合でも、一番弱い人の立場に立って社会を形成したり、地域づくりを試みたりする意欲を持った人間の存在が最も重要でしょう。こうした人物の育成が、真の社会的要請に応えることだと思っています。

 本学の「現代臨床コース」は、臨床宗教師(宗教宗派を超えて心のケアに取り組む宗教者)を養成するものではありません。とにかく困っている人がいる現場に駆け付け、そこで一緒に頭を悩ます人間の存在が大切だと考えてこのコースがあるのです。哲学者の鷲田清一先生が現場での対話を元に考える「臨床哲学」を提唱されていることに強い影響を受けています。

 仏教の学びに「臨床」を取り入れる必要性は、東日本大震災の復興支援をする「大谷大学ボランティア有志」の活動を通して学びました。震災で多くの人が悲しみ不安な日々を送る中で、何ができるか頭を悩ませ、「現地に向かいたい」と訴える学生たち。困難を抱える人に寄り添い続ける彼らに、仏教、親鸞の精神が生きているように感じます。

教員紹介

[大谷大学 学長]木越 康

木越 康(きごし・やすし)

1963年2月、米国・カリフォルニア州生まれ。大谷大学大学院文学研究科博士課程(真宗学専攻)満期退学。財団法人私学研修福祉会国内研修修了(研修先:東京大学文学部宗教学科)。大谷大学文学部准教授、副学長などを経て2016年4月から現職。著書に『ボランティアは親鸞の教えに反するのか—他力理解の相克—』(法藏館)、『「正像末和讃」を読む』(真宗大谷派大阪教区)がある。

木越 康(大谷大学 学長/真宗学科 教授)紹介ページ



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